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乱世の戦国時代に繰り広げられた巨額のマネー戦略とは?
2022年04月12日 (火) | 編集 |
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群雄割拠の戦国時代。 150年にわたる乱戦に終止符を打ち、天下統一を
目指した3人の英雄がいました。 (豊臣秀吉・織田信長・徳川家康)

血で血を洗う合戦の陰で繰り広げられた、もう1つの戦い。 戦国マネー・
ウォーズ。 巨額の金が運命を決する、壮絶なサバイバルです。

今、戦国武将の経済戦略に迫る発見が、相次いでいます。 長篠の戦いの
古戦場で見つかった謎の鉄砲玉。 浮かび上がって来たのは、信長の秘策。
軍事物資を手に入れる、国際貿易ネットワークでした。

“信長の大躍進のカギは、この鉛にありました”

ヨーロッパからやって来た、宣教師の機密文書。 そこには超大国スペインと
渡り合い、アジア経済の主導権を握ろうとした秀吉の野心的な計画が!

秀吉 ‘スペインの富を手に入れよ!そして、明国を打ち滅ぼすのじゃ!’

戦国最大の決戦、大坂の陣。新興国オランダと手を結び、激戦を制した家康。
そのグローバルな経済構想とは?

“新たに出現したグローバル経済を最も効率的に利用したものが勝利を手に
したという事です”  世界と向き合い、天下人へと駆け上がった英雄たちの
戦い、マネー・ウォーズに迫ります。

今回は、戦国の覇者たちの武器なき戦い。 経済とカネをめぐる戦国マネー・
ウォーズです。 日本が戦国時代たった頃、世界は大航海時代を迎えていま
した。 ヨーロッパの国々が香辛料や陶磁器を求めて、次々とアジアに進出。

国際貿易が活性化する事で経済の仕組みが大きく転換しようとしていました。
新時代の潮流に乗り、天下人として名乗りを上げたのが、織田信長です。
戦国の革命児の経済戦略を紐解いてみましょう。

1575(天正3)年。 織田信長が、天下統一に向けて飛躍した、長篠の戦い。
信長軍の前に立ちはだかるのは、戦国最強と恐れられた武田軍。 勇猛果敢
な騎馬軍団を擁していました。

強敵を撃破した信長の秘策。 それは世界とのつながりでした。 織田家の
居城、金華山にそびえる岐阜城です。 小国の領主から、のし上がり、天下
布武を掲げて、勢力を拡大していた信長。

これまでにない経済政策を、次々と打ち出しました。 例えば、商売の独占を
禁止する楽市・楽座。 あらゆる業者が自由に店を出せるようになり、市場が
活性化しました。 そして通行税を取り立てる、関所の撤廃。 商品を自由に
流通させる事ができました。

更に信長は、国際貿易都市だった堺を、直轄地として支配。 海外からも
多様な商品や物資が、流れ込んで来るようになりました。 世界に先駆けて
戦国時代の日本に、自由な経済が花開いたのです。

こうして、つかんだ巨万の富を用いて、破竹の勢いで領地を広げ、天下統一を
目指した信長。 その前に大きな壁が立ちはだかります。 騎馬軍団を擁する
武田家です。 実は、その真の強みは、他国を圧倒する財力にありました。

武田家が治めた甲斐国(かいのくに)。 現在の山梨県です。 この地には、
信玄の隠し金山として、伝承の中で親しまれて来た金山が、数多くあります。

武田家は、金山衆(かなやましゅう)と呼ばれる、鉱山技術者を動員します。
採掘した黄金の力で、強大な軍隊を築き上げて行きました。 最大の敵を
前にした信長は、一体、どのように立ち向かったのか?

勝負のカギは、戦国の合戦に欠かせない、ある軍事物資が握っていました。
愛知県・新城市。長篠(ながしの)の合戦場の跡地です。去年、戦いの痕跡を
探すため、50人がかりの大規模な調査が行われました。

‘これ違いますか?’  ‘出た?’  ‘これ、ドングリじゃないな、弾だよ’

戦国時代の弾丸です。 合戦当時の陣形や、見つかった場所から、信長軍の
鉄砲玉と推定されました。 この鉄砲玉の素材は、鉛。 当時の日本国内では
産出量が限られ、極めて貴重な金属でした。

鉛の成分を解析した結果、意外な事実が判明しました。

“ここが面白いところの、ひとつかも知れませんが、外国産なのです”

信長軍の弾丸は、海外で採れた鉛で出来ていたのです。 産地として浮かび
上がって来たのは、日本から4000キロ離れた東南アジアのタイ。

首都バンコクから車で4時間。 タイ西部の山奥にある鉱山に、たどり着きまし
た。 坑道の総距離は50キロ。 アジア有数の巨大鉱山の内部を探索します。

“この辺りが、鉛の鉱脈です”  埋蔵量は、300万トン。 鉄砲玉に換算すると
20億発に相当します。 光り輝く部分が鉛です。 この鉱山の鉛を分子レベル
で解析した結果、長篠の戦いで使われた弾丸と、成分が一致しました。

“信長の大躍進のカギは、この鉱山で採れた鉛だったのです”

貴重な軍事物資だった鉛。 信長は、一体、どのように入手していたのでしょ
うか? 手がかりは、キリスト教カトリックの総本山、バチカンにありました。
今回、特別に、戦国日本に関する史料の撮影が許されました。

“これは日本を訪れた宣教師の記録です。宣教師が見た、戦国日本の全てが
記されています”

そこには鉛が、ある男の命令によって、日本に売られていた事が記されてい
ました。 フランシスコ・カブラル。 キリスト教を広めるため、日本にやって来た
宣教師のリーダーです。

国内では珍しかった眼鏡をかけていた事から、四つ目のカブラルと呼ばれて
いました。 当時は、大航海時代。 ポルトガルやスペインの交易船が次々と
アジアを目指しました。 カブラルたち宣教師も、こうした船に乗り、布教活動の
かたわら、交易に関わっていたのです。

1572(元亀3)年。 信長は、屋敷を訪れたカブラルを迎え入れます。

カブラル ‘信長殿に、布教活動を後押しして頂きたい’  信長‘考えておこう’

カブラルは、信長の支援を得るために、貴重な軍事物資だった鉛の取り引きを
進言。 信長は、宣教師の交易ネットワークを利用する事で、大量の鉛を得て
いたのではないか?と、考えられています。

戦が続き、国内で不足しがちな軍事物資を、世界の市場から調達する。
これこそが、信長の経済戦略でした。

“外国船が鉛を持って来る事に着目していた。それは、やっぱり信長の先見
の明が、あったところだと思う”

1575(天正3)年。 ついに火蓋が切られた、長篠の戦い。 強敵、武田の騎馬
軍団が迫ります。 そこへ… (銃声) 信長軍の鉄砲玉が浴びせられました。

武田軍は、総崩れ。 軍事物資を手中に収めた信長は、天下統一に向け、
大きな一歩を踏み出したのです。

海外との交易ルートに目を付け、物資の流れを支配下に置いた、信長。
革新的な経済センスは、新たな産業を育てるうえでも、力を発揮増しました。
信長の直轄地だった堺で、鉄砲の製造に関する史料が見つかりました。

“戦国時代には、この辺りに鉄砲鍛冶が住んでいた”

これは、鉄砲を造っていた職人たちのリストです。 銃身から台座、火蓋まで
パーツごとに分業制がとられていました。 鉄砲を大量生産する仕組みを
整える事で、堺の軍事産業は急速に発展します。

戦を通じて産業が盛んとなり、経済発展を遂げて行く、戦国日本。 やがて、
マネー・ウォーズは海を越えて世界に広がり、思わぬ展開を見せ始めます。

1582(天正10)年。 一夜にして歴史を変えた戦国最大のクーデター、本能寺
の変。 燃え盛る火の中、信長は、夢半ばにして生涯を閉じました。

信長の跡を継いだのは、豊臣秀吉。 貧しい農民の出でありながら、優れた
経済感覚で、頭角を現して行きます。 権力を握ると、太閤検地を実施。

それまでバラバラだった測量方法を統一し、全国の領地を調べ上げます。
米の生産高を正確に把握し効率よく年貢を取る事で、揺るぎない財政基盤を
築きました。 天下統一を目前にした秀吉。

更なる経済発展を目指し、途方もない野望を胸に抱いていました。

宣教師コエリョ ‘秀吉殿は、日本を平定したあとは、どのように?’
秀吉 ‘明国(みんこく)への出兵’

秀吉が進めたのは、当時、明(みん)と呼ばれた、超大国、中国への遠征計画
です。明は、高価な陶磁器や生糸で作られた絹織物が、あふれる巨大市場。
しかし、解禁政策によって、貿易は厳しく統制されていました。 秀吉は、中国
市場の扉をこじ開け、アジアの経済全体を掌握しようとしたのです。

“秀吉は、日本と中国の貿易を再開する事で、アジア経済を活性化させようと
した。しかし、中国が秀吉の申し出を拒み、計画は、とん挫した。そこで秀吉は
中国を力づくで支配しようとした”

しかし中国を狙っていたのは、秀吉だけではありませんでした。 ヨーロッパの
超大国スペインです。 圧倒的な軍事力を誇り、世界各地に植民地を築いて
いました。 スペインを率いるのは、征服王と呼ばれた、フェリペ2世。

その命令を記した文書です。‘アジアの征服に尽力せよ(フェリペ2世の勅令)’
スペインの野望が、アジアを席巻しようとしていました。

“フェリペ2世が目指したのは、世界帝国を作る事だった。世界で初めてアジア
とヨーロッパを統一する壮大なビジョンを抱いていた。世界の市場が、ひとつに
統一されれば、より大きな利益を生むはずだと考えた”

中国征服を、もくろむ秀吉。 その前に立ち塞がる強大なライバル、スペインの
フェリペ2世。 その力の源は、一体、何だったのか?

大西洋で発見されたスペインの沈没船から、手がかりが見つかりました。
引き揚げられたのは莫大な財宝。 それは銀貨。 なんと59万枚に及びます。

大航海時代、アメリカ大陸で大規模な銀山が見つかると、銀貨が大量に造ら
れます。 スペインは、この銀貨を使い、東南アジアの香辛料や中国の陶磁器
など、世界各地の商品を購入できるようになりました。

ヨーロッパ、アジア、アメリカをつなぐ、国際通貨となった銀。 スペインは銀の
経済力を武器に、世界の覇権を握ろうとしていました。

これに対し秀吉が取った策は、日本発のシルバーラッシュを巻き起こすこと。

秀吉は、生野(いくの)銀山や石見(いわみ)銀山など、全国各地で鉱山開発を
推し進めます。 新潟県・佐渡市。 戦国時代、ここに日本有数の銀山があり
ました。 一体、どれほどの銀が採掘できたのか? その実態を解明しようと
調査が進んでいます。 戦国時代末期に開発された、坑道です。