2021年12月26日 (日) | 編集 |
FC2 トラックバックテーマ:「体の変化はありますか?」
‘2人の若者が目撃した。流れ星のような物体’ ‘近くに落ちたぞ!’
1958年、ゼリー状の地球外生命体が、人々を襲いました。 パニック映画に
登場した謎の塊、ブロブ。‘恐怖のモンスターが、この映画館にやって来る!’
実は、ブロブに似た生物は、現実の世界にも存在します。 科学者の頭を悩ま
せて来た不思議な生き物、粘菌です。 植物でも動物でもキノコでもありません。
単細胞生物でおよそ10億年前から生息していると思われます。最も原始的で
最も単純な生物の1つです。 しかし、その単純さの裏に、信じられない能力を
秘めている事が分かりました。
目も、口も、胃も、脚もないのに、モノを見、匂いを嗅ぎ、消化し、動き回る事が
できます。 神経系も脳もないのに、複雑な問題を解き、戦略を立てる事すら
あります。 学名、フィサルム・ポリセファルム(和名:モジホコリ)。
今、世界各地で、この生物の研究が進められています。 生物学・物理学・
数学。 各分野の研究者が、想像を超えた世界を、私たちに見せてくれます。
脳を持たない生物にも、知性があるかも知れないと、いうのです。 これは、
ブロブの正体を解き明かす物語です。
フィサルム・ポリセファルムは、粘菌の一種です。 かつては、キノコなどと同じ
真菌類に分類されていました。 暗く湿った場所を好み、日陰の草むらに生息
する点は、キノコと同じ。 しかし粘菌には、驚きの能力があります。
移動する事が出来るのです。 一見、移動のための器官はないように見えま
すが、細かく枝分かれした管のネットワークを使い、時速1センチで動きます。
お腹が空いていれば、時速4センチで移動する事も。
映画のブロブのように大食漢でバクテリアやキノコを貪ります。 しかし何よりも
驚かされるのは、粘菌が単細胞生物だということ。 しかも1日で倍の大きさに
成長し、直径、数メートルになる事も。
そのため、単細胞生物でありながら、肉眼での観察が可能です。
彼女は、粘菌研究の第1人者で、フランス国立科学研究センターで生物学の
一分野、動物行動学を専門としています。 もともとは、アリを対象に栄養学を
研究していた彼女。 ある日、運命的な出会いが訪れました。
粘菌と最初に出会ったのは、博士研究員としてオーストラリアにいた時です。
当時、指導教官が、昆虫からヒトまでを対象にした栄養学の論文を書いてい
ました。 そして対象を細胞からヒトまでに広げたら面白いぞと言ったのです。
そのためには、観察が可能な大きな単細胞生物が必要でした。
フィサルム・ポリセファルムを一目見て、乾いたオムレツかスクランブルエッグ
みたいだと思いました。 戸棚にしまったまま、特に気にかけませんでした。
ところが翌日、見てみると、容器の外に、はみ出して、棚一面を覆い尽くして
いたのです。
まるで、飢えた動物のように、粘菌はエサを探しに出掛けたのです。 動物
行動学者が、この不思議な単細胞生物に強く引かれたのは、当然の成り行き
でした。 彼女は論文の中で、粘菌が栄養補給の天才である事を示しました。
ほとんどの研究者は、フィサルム・ポリセファルムに、オートミールを与えてい
ます。 でも、栄養補給について研究する場合、1種類のエサだけでは不十分
です。 そこで粘菌のために、特別なレシピを考案しました。
最初は、全くの手探り状態でしたが、クリームパイのようなものを作ってみる
事にしました。 クリームパイに含まれるタンパク質や糖分の割合は、少しずつ
変えました。 そうして、35種類のパイを作ったのです。 更に栄養分の濃度も
少しずつ変えました。
粘菌は、どのエサを気に入るでしょうか? ゆっくりと動く生き物の実験には、
タイムラプスという撮影方法が適しています。 24時間、48時間、時には、
72時間かけて撮影する事で、粘菌が状況に応じて、どのように変化するかを
確認できます。
フィサルム・ポリセファルム専用のカフェテリアを用意して、数種類のエサを
置きました。 その中の1つは、粘菌にとって最適な割合でタンパク質と糖分を
配合しました。
粘菌は、しばらくウロウロした後、栄養分が最適な割合で配合されたエサへと
向かいました。
フィサルム・ポリセファルムは、栄養摂取の天才です。 成長に最も適した
エサを、選び取るのです。
どのエサも栄養分に偏りがある場合、粘菌は、2つを選びました。 砂糖を多く
含むものと、タンパク質を多く含むものです。
私たち人間はバランスの悪い食事が続くと、タンパク質をため込もうとします。
でも粘菌は、極端な摂取はしません。
ヒトを含む動物の場合、脳が栄養のニーズを管理し、常に胃と連携して働きま
す。 しかし粘菌には、脳も胃もありません。 それにもかかわらず、理想的な
バランスで栄養をとる事ができるのです。
更に、周囲の環境が悪化して食べ物がなくなると、粘菌は硬く乾いて、休眠
状態に入ります。 最長で、2年間、眠り続け事が可能。 少し水をかければ、
元通りです。 目を覚まし、また元気いっぱいに新たな冒険に乗り出すのです。
実は、この驚異の生き物に注目した研究者は、彼女が最初ではありません
でした。 日本には、粘菌研究の長い歴史があります。 北海道大学の教授も
また、フィサルム・ポリセファルムに魅了された1人です。
世界の研究者が粘菌の達人と認める、教授。 世界に先駆け、粘菌の驚異の
能力を明らかにして来ました。 生物物理学者である教授にとって、単細胞
生物は、研究の基本です。
やっぱり細胞というのは、生き物の基本単位で、全ての生き物が持っている
共通の構成要素という事なので、生命の本質が細胞にあるだろうというのは
非常に興味深いと思います。
粘菌の大きさを生かし、教授率いる研究チームはユニークな実験に取り組み
ました。 その中には、通常は動物にしか行えないテストもありました。 例えば
迷路を使った実験です。 迷路の中に、粘菌とエサを置きます。
果たして、エサを見つけ出す事が出来るでしょうか?
粘菌は、管のネットワークを伸ばして行き、エサを探します。 そして、迷路を
無駄にウロつく事もなく、エサまで、たどり着きました。
次は、迷路の道いっぱいに、粘菌を配置します。 そして、入り口と出口に、
エサを置き、粘菌が、この2つのエサに、どのように反応するかを実験します。
結果は、驚くべきものでした。 粘菌は、エサにつながらないルートを1つずつ
排除して行き、最終的に、最短ルートの1本だけを残したのです。 粘菌は、
見事に迷路を解きました。
2つのエサを、最も効率的なルートで結び、栄養の輸送を最適化したのです。
教授は、この実験結果を論文にまとめ、科学誌ネイチャーに発表しました。
これが、大きな反響を呼びます。 2008年、教授は、イグ・ノーベル賞を受賞。
真面目な科学的研究でありながら、人々を笑わせ、そして考えさせる研究に
与えられる賞です。
教授は更に、粘菌がエサを探す時に生み出す管のネットワークについて研究
しました。 そのために考えたのが、粘菌が作るネットワークと日本の鉄道網と
を比較する実験でした。 日本の鉄道網の効率のよさは世界的にも有名です。
首都圏の地図を使い主要な都市の場所にエサを置き、東京の位置に粘菌を
置きます。 果たして、どのように動くでしょうか?
粘菌は、周りの環境を探りながらエサを見つけ、そこを拠点に更に管のネット
ワークを広げて行きました。エサとエサをつなぐルートは強化され、それ以外の
ルートは、次第に排除されます。
やがて、実在する鉄道網とよく似た、効率的で合理化されたネットワークが
完成しました。 こと、ネットワーク作りに関しては、粘菌は優秀なエンジニア
にも引けを取りません。
常に、最も効率的な道を選び、驚くほど簡単に、目的地にたどり着くのです。
一方、粘菌研究の第1人者の彼女たちは、粘菌が移動する時、一定の場所を
避けている事に注目。 その仕組みについて研究しました。
驚いた事にフィサルム・ポリセファルムは、1度、通った場所は、2度と通らない
のです。 もしかしたら、化学的な痕跡か何かを使って、環境を記憶している
のではないかと考えました。
アリは食料を見つけると、フェロモンを分泌し、いわば、道しるべを残します。
仲間は、それを手がかりに、食べ物の在りかに、たどり着くのです。
粘菌は移動する時、カタツムリのような粘液を、あとに残して行くのです。
粘菌の動きを観察したところ、どうやら、この粘液を避けているようだと気付き
ました。 この粘液が、どのような役割を果たしているのかを知るため、ある
実験を考えました。
容器の中に、コの字型の囲いを作り、手前に粘菌を、反対側にエサを置き
ました。 エサの匂いは辺りに漂っていますが、囲いのせいで、直接、エサを
確認する事はできません。 粘菌は最短距離でエサに、たどり着けない事が
分かると、囲いの外側に回り、エサを見つけ出しました。
次に、粘菌の周りに粘液を塗った状態で実験をしました。 つまり、既に、その
場所は通ったと思わせたのです。 すると今度は、エサを見つける事ができま
せんでした。 粘菌は、通った道を記憶するために粘液を使い、そこを避けて
動く事が分かったのです。
アリが道しるべを残すように、粘菌も、粘液で記録を残しているのです。
この発見は、粘菌の行動を読み解く上で、大きな一歩になりました。 研究が
進むにつれ、この生き物が持つ可能性は、広がり続けています。
迷路を通り抜け効率的なネットワークを作る事ができ、栄養のバランスも管理
できる。 こうなると、この生物には、知性があるのではないか?という疑問が
湧いて来ます。
知性は長らく、理性的な判断と、思考が可能な唯一の生物、ホモサピエンス
のみが持つものと考えられて来ました。 他の生き物についても、コミュニケー
ションや記憶、意思決定など、認知の能力が議論されるようになったのは、
20世紀に入ってからです。
科学者たちは今なお、知性の概念を、神経系と脳を持つ、複雑な生物だけに
限定しがちです。 しかし、より単純な生物の認知についての研究が、その
認識を変えつつあります。
脳を持たない知性の存在を主張するのは、この分野のパイオニアたち。
フィレンツェの国際植物ニューロバイオロジー研究所は、植物の知性を研究
しています。
知性という言葉は、あまりにも強く人間と結び付いていて、他の生物に当て
はめにくいのです。 しかし知性とは、生物が生き抜く能力の事を指します。
厳しい自然環境を生き抜くには、高度な知性が必要です。
植物の知性は、物議を醸すテーマです。 進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンが
1870年に植物の知性について論じた時も、周囲は取り合いませんでした。
ダーウィンは、あらゆる生物には、2つの極があると唱えました。 認知を司る
極と、生殖を司る極。 この2つの極は、それぞれ生き物の末端に位置してい
ると。 植物の極は、私たちとは逆です。
私たちが言う頭は、地面に突き刺さっていて、生殖を司る部分、つまり、花が
上にある。 私たちは植物を、こんな風に見るべきなのです。
進化論の父は、また、植物の根が持つ重要な機能に注目し、それを脳の機能
に、なぞらえました。
ダーウィンは、こう主張しました。 根の先端には、脳に相当するものが存在
する。 昆虫の脳のように、ごく小さなものだ。 そして、それが植物を導いて
いるのだと。
ダーウィンの言葉を確かめるため、彼らは、根の先端が植物の成長に果たす
役割を調べました。 土の中の根の動きを観察すると、その先端が、まるで、
手探りをするかのように、動いているのが分かります。
障害物を避け、最適な環境を探しながら、伸びて行くのです。 根の先端を
切り落とすと、伸びる速度は上がるものの、周囲の環境を分析する様子もなく
真っ直ぐに伸びて行きます。
彼らは、根は脳であるという、ダーウィンの説が正しい事を示しました。 更に
植物の記憶能力についても、研究を進めています。
植物は、多くの細胞から成り、その全てが連携し合っています。 根は、脳の
ように働き、情報処理や記憶をつかさどっていると考えられます。
動物だけが持つと思われていた機能を、植物も持っている事が分かって来た
のです。 では、たった1つの細胞から成る生き物の場合は、どうでしょうか?
粘菌研究の第1人者の彼女は、粘菌に記憶する能力がある事を確かめようと
しています。
‘2人の若者が目撃した。流れ星のような物体’ ‘近くに落ちたぞ!’
1958年、ゼリー状の地球外生命体が、人々を襲いました。 パニック映画に
登場した謎の塊、ブロブ。‘恐怖のモンスターが、この映画館にやって来る!’
実は、ブロブに似た生物は、現実の世界にも存在します。 科学者の頭を悩ま
せて来た不思議な生き物、粘菌です。 植物でも動物でもキノコでもありません。
単細胞生物でおよそ10億年前から生息していると思われます。最も原始的で
最も単純な生物の1つです。 しかし、その単純さの裏に、信じられない能力を
秘めている事が分かりました。
目も、口も、胃も、脚もないのに、モノを見、匂いを嗅ぎ、消化し、動き回る事が
できます。 神経系も脳もないのに、複雑な問題を解き、戦略を立てる事すら
あります。 学名、フィサルム・ポリセファルム(和名:モジホコリ)。
今、世界各地で、この生物の研究が進められています。 生物学・物理学・
数学。 各分野の研究者が、想像を超えた世界を、私たちに見せてくれます。
脳を持たない生物にも、知性があるかも知れないと、いうのです。 これは、
ブロブの正体を解き明かす物語です。
フィサルム・ポリセファルムは、粘菌の一種です。 かつては、キノコなどと同じ
真菌類に分類されていました。 暗く湿った場所を好み、日陰の草むらに生息
する点は、キノコと同じ。 しかし粘菌には、驚きの能力があります。
移動する事が出来るのです。 一見、移動のための器官はないように見えま
すが、細かく枝分かれした管のネットワークを使い、時速1センチで動きます。
お腹が空いていれば、時速4センチで移動する事も。
映画のブロブのように大食漢でバクテリアやキノコを貪ります。 しかし何よりも
驚かされるのは、粘菌が単細胞生物だということ。 しかも1日で倍の大きさに
成長し、直径、数メートルになる事も。
そのため、単細胞生物でありながら、肉眼での観察が可能です。
彼女は、粘菌研究の第1人者で、フランス国立科学研究センターで生物学の
一分野、動物行動学を専門としています。 もともとは、アリを対象に栄養学を
研究していた彼女。 ある日、運命的な出会いが訪れました。
粘菌と最初に出会ったのは、博士研究員としてオーストラリアにいた時です。
当時、指導教官が、昆虫からヒトまでを対象にした栄養学の論文を書いてい
ました。 そして対象を細胞からヒトまでに広げたら面白いぞと言ったのです。
そのためには、観察が可能な大きな単細胞生物が必要でした。
フィサルム・ポリセファルムを一目見て、乾いたオムレツかスクランブルエッグ
みたいだと思いました。 戸棚にしまったまま、特に気にかけませんでした。
ところが翌日、見てみると、容器の外に、はみ出して、棚一面を覆い尽くして
いたのです。
まるで、飢えた動物のように、粘菌はエサを探しに出掛けたのです。 動物
行動学者が、この不思議な単細胞生物に強く引かれたのは、当然の成り行き
でした。 彼女は論文の中で、粘菌が栄養補給の天才である事を示しました。
ほとんどの研究者は、フィサルム・ポリセファルムに、オートミールを与えてい
ます。 でも、栄養補給について研究する場合、1種類のエサだけでは不十分
です。 そこで粘菌のために、特別なレシピを考案しました。
最初は、全くの手探り状態でしたが、クリームパイのようなものを作ってみる
事にしました。 クリームパイに含まれるタンパク質や糖分の割合は、少しずつ
変えました。 そうして、35種類のパイを作ったのです。 更に栄養分の濃度も
少しずつ変えました。
粘菌は、どのエサを気に入るでしょうか? ゆっくりと動く生き物の実験には、
タイムラプスという撮影方法が適しています。 24時間、48時間、時には、
72時間かけて撮影する事で、粘菌が状況に応じて、どのように変化するかを
確認できます。
フィサルム・ポリセファルム専用のカフェテリアを用意して、数種類のエサを
置きました。 その中の1つは、粘菌にとって最適な割合でタンパク質と糖分を
配合しました。
粘菌は、しばらくウロウロした後、栄養分が最適な割合で配合されたエサへと
向かいました。
フィサルム・ポリセファルムは、栄養摂取の天才です。 成長に最も適した
エサを、選び取るのです。
どのエサも栄養分に偏りがある場合、粘菌は、2つを選びました。 砂糖を多く
含むものと、タンパク質を多く含むものです。
私たち人間はバランスの悪い食事が続くと、タンパク質をため込もうとします。
でも粘菌は、極端な摂取はしません。
ヒトを含む動物の場合、脳が栄養のニーズを管理し、常に胃と連携して働きま
す。 しかし粘菌には、脳も胃もありません。 それにもかかわらず、理想的な
バランスで栄養をとる事ができるのです。
更に、周囲の環境が悪化して食べ物がなくなると、粘菌は硬く乾いて、休眠
状態に入ります。 最長で、2年間、眠り続け事が可能。 少し水をかければ、
元通りです。 目を覚まし、また元気いっぱいに新たな冒険に乗り出すのです。
実は、この驚異の生き物に注目した研究者は、彼女が最初ではありません
でした。 日本には、粘菌研究の長い歴史があります。 北海道大学の教授も
また、フィサルム・ポリセファルムに魅了された1人です。
世界の研究者が粘菌の達人と認める、教授。 世界に先駆け、粘菌の驚異の
能力を明らかにして来ました。 生物物理学者である教授にとって、単細胞
生物は、研究の基本です。
やっぱり細胞というのは、生き物の基本単位で、全ての生き物が持っている
共通の構成要素という事なので、生命の本質が細胞にあるだろうというのは
非常に興味深いと思います。
粘菌の大きさを生かし、教授率いる研究チームはユニークな実験に取り組み
ました。 その中には、通常は動物にしか行えないテストもありました。 例えば
迷路を使った実験です。 迷路の中に、粘菌とエサを置きます。
果たして、エサを見つけ出す事が出来るでしょうか?
粘菌は、管のネットワークを伸ばして行き、エサを探します。 そして、迷路を
無駄にウロつく事もなく、エサまで、たどり着きました。
次は、迷路の道いっぱいに、粘菌を配置します。 そして、入り口と出口に、
エサを置き、粘菌が、この2つのエサに、どのように反応するかを実験します。
結果は、驚くべきものでした。 粘菌は、エサにつながらないルートを1つずつ
排除して行き、最終的に、最短ルートの1本だけを残したのです。 粘菌は、
見事に迷路を解きました。
2つのエサを、最も効率的なルートで結び、栄養の輸送を最適化したのです。
教授は、この実験結果を論文にまとめ、科学誌ネイチャーに発表しました。
これが、大きな反響を呼びます。 2008年、教授は、イグ・ノーベル賞を受賞。
真面目な科学的研究でありながら、人々を笑わせ、そして考えさせる研究に
与えられる賞です。
教授は更に、粘菌がエサを探す時に生み出す管のネットワークについて研究
しました。 そのために考えたのが、粘菌が作るネットワークと日本の鉄道網と
を比較する実験でした。 日本の鉄道網の効率のよさは世界的にも有名です。
首都圏の地図を使い主要な都市の場所にエサを置き、東京の位置に粘菌を
置きます。 果たして、どのように動くでしょうか?
粘菌は、周りの環境を探りながらエサを見つけ、そこを拠点に更に管のネット
ワークを広げて行きました。エサとエサをつなぐルートは強化され、それ以外の
ルートは、次第に排除されます。
やがて、実在する鉄道網とよく似た、効率的で合理化されたネットワークが
完成しました。 こと、ネットワーク作りに関しては、粘菌は優秀なエンジニア
にも引けを取りません。
常に、最も効率的な道を選び、驚くほど簡単に、目的地にたどり着くのです。
一方、粘菌研究の第1人者の彼女たちは、粘菌が移動する時、一定の場所を
避けている事に注目。 その仕組みについて研究しました。
驚いた事にフィサルム・ポリセファルムは、1度、通った場所は、2度と通らない
のです。 もしかしたら、化学的な痕跡か何かを使って、環境を記憶している
のではないかと考えました。
アリは食料を見つけると、フェロモンを分泌し、いわば、道しるべを残します。
仲間は、それを手がかりに、食べ物の在りかに、たどり着くのです。
粘菌は移動する時、カタツムリのような粘液を、あとに残して行くのです。
粘菌の動きを観察したところ、どうやら、この粘液を避けているようだと気付き
ました。 この粘液が、どのような役割を果たしているのかを知るため、ある
実験を考えました。
容器の中に、コの字型の囲いを作り、手前に粘菌を、反対側にエサを置き
ました。 エサの匂いは辺りに漂っていますが、囲いのせいで、直接、エサを
確認する事はできません。 粘菌は最短距離でエサに、たどり着けない事が
分かると、囲いの外側に回り、エサを見つけ出しました。
次に、粘菌の周りに粘液を塗った状態で実験をしました。 つまり、既に、その
場所は通ったと思わせたのです。 すると今度は、エサを見つける事ができま
せんでした。 粘菌は、通った道を記憶するために粘液を使い、そこを避けて
動く事が分かったのです。
アリが道しるべを残すように、粘菌も、粘液で記録を残しているのです。
この発見は、粘菌の行動を読み解く上で、大きな一歩になりました。 研究が
進むにつれ、この生き物が持つ可能性は、広がり続けています。
迷路を通り抜け効率的なネットワークを作る事ができ、栄養のバランスも管理
できる。 こうなると、この生物には、知性があるのではないか?という疑問が
湧いて来ます。
知性は長らく、理性的な判断と、思考が可能な唯一の生物、ホモサピエンス
のみが持つものと考えられて来ました。 他の生き物についても、コミュニケー
ションや記憶、意思決定など、認知の能力が議論されるようになったのは、
20世紀に入ってからです。
科学者たちは今なお、知性の概念を、神経系と脳を持つ、複雑な生物だけに
限定しがちです。 しかし、より単純な生物の認知についての研究が、その
認識を変えつつあります。
脳を持たない知性の存在を主張するのは、この分野のパイオニアたち。
フィレンツェの国際植物ニューロバイオロジー研究所は、植物の知性を研究
しています。
知性という言葉は、あまりにも強く人間と結び付いていて、他の生物に当て
はめにくいのです。 しかし知性とは、生物が生き抜く能力の事を指します。
厳しい自然環境を生き抜くには、高度な知性が必要です。
植物の知性は、物議を醸すテーマです。 進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンが
1870年に植物の知性について論じた時も、周囲は取り合いませんでした。
ダーウィンは、あらゆる生物には、2つの極があると唱えました。 認知を司る
極と、生殖を司る極。 この2つの極は、それぞれ生き物の末端に位置してい
ると。 植物の極は、私たちとは逆です。
私たちが言う頭は、地面に突き刺さっていて、生殖を司る部分、つまり、花が
上にある。 私たちは植物を、こんな風に見るべきなのです。
進化論の父は、また、植物の根が持つ重要な機能に注目し、それを脳の機能
に、なぞらえました。
ダーウィンは、こう主張しました。 根の先端には、脳に相当するものが存在
する。 昆虫の脳のように、ごく小さなものだ。 そして、それが植物を導いて
いるのだと。
ダーウィンの言葉を確かめるため、彼らは、根の先端が植物の成長に果たす
役割を調べました。 土の中の根の動きを観察すると、その先端が、まるで、
手探りをするかのように、動いているのが分かります。
障害物を避け、最適な環境を探しながら、伸びて行くのです。 根の先端を
切り落とすと、伸びる速度は上がるものの、周囲の環境を分析する様子もなく
真っ直ぐに伸びて行きます。
彼らは、根は脳であるという、ダーウィンの説が正しい事を示しました。 更に
植物の記憶能力についても、研究を進めています。
植物は、多くの細胞から成り、その全てが連携し合っています。 根は、脳の
ように働き、情報処理や記憶をつかさどっていると考えられます。
動物だけが持つと思われていた機能を、植物も持っている事が分かって来た
のです。 では、たった1つの細胞から成る生き物の場合は、どうでしょうか?
粘菌研究の第1人者の彼女は、粘菌に記憶する能力がある事を確かめようと
しています。
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