2021年12月13日 (月) | 編集 |
FC2トラックバックテーマ:「あなたが冬を感じる瞬間はいつですか?」
2017年10月19日。 私たちの常識を塗り替える全く新しい天体が見つかった
事を、ご存知ですか?
‘宇宙には、こんな変なものがあるのか! まるでクジラみたい。 これは、
自然物じゃないね’ “宇宙で、こんな形のものは誰も見た事がありません”
その想像図が、こちら。 史上、初めて見つかった、その名も、恒星間天体。
太陽系の外から飛来し、再び、太陽系の外へと飛び去って行くという、特別な
軌道を持っています。
“自分が生きている間に、太陽系外の天体を人類が目の当たりにできるとは
思っていなかった”
“これまでの見積もりのどこかが、桁で間違っていたのかも知れない”
これまで、見つかる可能性が極めて低いとされて来た、この天体は、一体、
何ものなのか? 世界中の望遠鏡が追いかけました。
すると、浮かび上がって来たのは、研究者も思いもよらなかった、数々の謎。
そして、その謎を解き明かす事で、新たな可能性が見えて来ました。
“これは誰も想像すらしていなかった、全く新しい種類の天体だったのです”
宇宙の闇から、突如、現れた恒星間天体。 その素顔は、私たちの宇宙観を
大きく変えようとしています。
私たちが暮らす地球。 普段、宇宙とのつながりを意識する事は、ありません
よね。 でも、長い時間スケールで見ると…宇宙からの脅威に突然、さらされる
事があります。 恐竜絶滅を引き起こした小惑星の衝突が、有名です。
そして、こうした脅威は、今を生きる私たちにも…。 2013年2月15日。 ビル
ほどの大きさの小惑星がロシアに落下。 1000人を超す人が負傷しました。
あと少し大きければ、死者が出てもおかしくなかったといいます。 こうした
危険を事前に知るため、NASAは、望遠鏡を使った監視を続けて来ました。
この活動は、惑星防衛と呼ばれています。 惑星防衛で中心的な役割を担う
施設が、ハワイのマウイ島にあります。 パンスターズ望遠鏡。
ロシアへの隕石落下の翌年から、危険な小惑星を探索する専用の望遠鏡
として運用されています。 口径1.8メートル。 さほど大きくはありませんが、
広い視野が特徴です。
高解像度のカメラで、地球に近付く未知の天体を捉え、事前に警告を発する
事を目指しています。 空の広い範囲を毎晩、監視する、この望遠鏡が大きな
発見の舞台になりました。
2017年10月19日。 パンスターズの膨大なデータは、いつも通りハワイ大学の
天文学研究所へと送られ、分析が行われました。
惑星防衛を支えている、カナダ出身の天文学者です。 彼の朝の日課は、
夜の間に撮影された画像の確認です。
“これが、10月19日のデータです。地球に衝突する危険度が高い順に並べら
れています。 毎朝、これをチェックするのが、私の役割なのです”
背景の星に対して、猛スピードで移動している事から、この日、危険度が最も
高いと分類された天体が、こちら。 ブレて、線のように映っています。
“特に変わった点はありませんでした。 細長く伸びて映っていたので、近くを
通過する、普通の小惑星だろうと思いました”
一晩だけの観測では、地球との距離や軌道の向きなど、詳しい事は分かりま
せん。 そこで、1日前の画像にも、似た明るさの線が映っていないかを確認
したところ、同じ天体とみられる、かすかな線が見つかりました。
“前日の画像にも映っていたので、2晩のデータを使って軌道を計算しました。
しかし、いつも使っているプログラムが、うまく動きませんでした。 何かが、
おかしいと思いました”
プログラムが、うまく動かなかった事を不思議に思った彼は、すぐに仲間に
メールを送りました。ハワイの反対に位置するアフリカ沖の島々カナリア諸島。
そこにはヨーロッパ宇宙機関が運営する小惑星監視用の望遠鏡があります。
彼と同世代の天文学者の男性。 ハワイ大学の大学院を卒業後、イタリアに
戻り、惑星防衛に携わっています。 彼もまた、同じ天体を観測していました。
“10月19日の夜、私たちも、カナリア諸島の望遠鏡で観測を行っていました。
いつも通りの危険な小惑星の軌道を割り出すための観測です。 私は、いくつ
かの天体をターゲットとして選びましたが、そこにパンスターズが見つけた例の
天体も含まれていたのです”
ヨーロッパのチームも、また新天体を危険度が高いと考え追跡していたのです。
“事態が急変したのは翌日の事でした。パンスターズが撮影した2晩のデータが
友人のカナダ出身の天文学者から届いたのです。それを自分のデータと組み
合わせると、これは普通の小惑星ではないと分かりました。 太陽系の外から
飛び込んで来たとしか解釈できないほど、速度が速かったのです”
ハワイの望遠鏡による2晩のデータ。そして発見から13時間後のカナリア諸島
のデータ。合計3つのデータが、このかすかな天体の正体を教えてくれました。
カナダ出身の天文学者がメールを送ってから僅か5時間後に返信が来ました。
そこには、まだ誰も知らない大発見が、興奮を隠せない言葉で綴られていまし
た。 ‘この軌道は太陽系外から来た天体のものだ!’
“プログラムが動かなかったのは、想定外の軌道を持つ天体だったからかと
納得がいきました。と、同時に、自分が、史上初の天体を見つけていたのかと
身震いしました”
こうして、惑星防衛に携わる2人の若手天文学者は、僅か2日で、新天体が
太陽系の外から来た恒星間天体であると、確信していたのです。
こちらが、その軌道です。太陽系の北側から太陽に近付きつつ、大きく旋回。
地球近くを猛スピードで通過中に、パンスターズによって捉えられていました。
この世紀の大発見は、すぐに公式に認められ、世界へと発信されました。
新天体の名前は、C/2017 U1 。 軌道の形から彗星とされ、cometの頭文字
Cで始まっています。 そして報告は、こう締めくくられていました。
‘この天体は、史上初めての恒星間彗星であろう’
オウムアムア発見から3年半が経過した、2021年3月。新型コロナウイルスの
世界的な感染拡大のさなか、オウムアムアの正体に関する新しい説が発表
されました。 研究を行ったアリゾナ州立大学の2人の教授です。
地球のような惑星が、どのようにつくられたのかを理論的に研究しています。
“オウムアムアの発見から1年もすると説明できない謎が積み上がり、もはや
自然現象では説明できないという主張すら耳にしました。だったら自分たちで
エイリアンに頼らない説明を考えようと、思い立ちました”
まずは、オウムアムアに関する全ての論文を集め、読み込みました。 すると
オウムアムアの形に関する、新しい研究がある事に気付きました。
“もともとオウムアムアの奇妙な形が、大きな関心を集めましたよね。当初は、
明るさの時間変化から葉巻型だといわれていたのですが、その後パンケーキ
のような形でも明るさの変化を説明できるという研究が発表されていました。
パンケーキ型の方が、観測結果を、うまく説明できるのです”
自転軸が、ちょうどいい角度の時にだけ、明るさが大きく変化する葉巻型より
パンケーキ型の可能性が高いだろうと2人は考えました。 形に加えて2人が
疑いの目を向けたのが、オウムアムアのサイズでした。
もともとは長さ800メートルといわれましたが、これは天体の性質を示す、ある
値から導き出されたものでした。それは光の反射しやすさを表す値アルベドが
0.04というもの。 つまりオウムアムアは、太陽光の4%だけを反射すると考え
られたのです。
この0.04は、太陽系の似たような色を持つ小惑星の値を、便宜上、当てはめ
たものでした。 2人はオウムアムアのアルベドがもっと大きければ、サイズが
小さくてもよいと考えました。
そして一酸化炭素やメタンなど、さまざまな物質の氷の塊を、オウムアムアの
軌道に置き、何が起きるのかを計算してみる事にしました。
横軸は、光の反射しやすさを表すアルベドと、それに対応して決まる天体の
サイズです。一方、縦軸は、氷がガスになって噴出する事によるロケット効果
の強さ。 ちょうど1の所で、観測と合う事を意味しています。
計算によれば、水や二酸化炭素の氷では、アルベドを変えても、観測された
ロケット効果は説明できません。 一方、窒素や一酸化炭素、メタンなどの氷
では、観測と合う場合がある事が分かりました。
中でも、2人が注目したのが、望遠鏡で捉える事の難しい窒素の氷でした。
観測されたロケット効果を生み出す時のオウムアムアのアルベドは、0.1と、
0.64。 片方の値0.64に、2人は見覚えがありました。
2015年7月。 NASAの探査機ニューホライズンズは、史上初めて、冥王星に
大接近しました。 そして、白いハートの模様を持つ姿が、初めて明らかになり
ました。 この白い領域は、降り積もった窒素の雪が固められた、分厚い氷で
覆われていると考えられています。
そして、この冥王星のアルベドが、0.64だったのです。
“冥王星のアルベドの事など知らずに、私は計算を行いました。それなのに、
0.64の時に、観測されたロケット効果が得られるという結果が出たのです。
この偶然の一致は本当に驚くべき事です。こんな経験はなかなかありません
この時、自分が正しい道を歩いていると確信しましたね”
“あのブレークスルーの瞬間は、今でも、よく覚えています。パンデミックが
ひどくて直接、会う事はできず、ビデオ会議やメールだけで議論していた時の
事でした”
こうして2人は、オウムアムアが小さくて光を反射しやすい、窒素の氷の塊で
あると結論づけたのです。
窒素の氷の塊が、どのようにして生まれ、どうやって太陽系に、だとりついた
のか? 2人は、壮大なシナリオを作り上げました。
ここは、はるかかなたにある、誕生したばかりの惑星系。 そこには、窒素の
氷に覆われた冥王星に似た天体が、多数、存在していました。
頻繁に起きる天体衝突によって、表面の氷が剥がれ、飛び散っていました。
そうした破片の1つが、オウムアムアのルーツです。 破片の一部は巨大な
惑星の重力によって進路を変え、恒星間空間へと放出されます。
そして数億年にわたり、銀河系の中をさまよった末… 偶然、太陽に近付き、
引き寄せられて行ったのです。 太陽に近付くと表面が熱せられ、氷がガスと
なって噴き出します。
それでも、蒸発に伴って冷却が起きるため、氷自体は極めて低温に保たれる
といいます。 小さくなりつつも、やがて、地球軌道付近に到達。 ハワイの
望遠鏡によって、偶然、捉えられたのです。
そして多くの望遠鏡が見守る中、ガスを噴き出す事で、太陽重力に逆らう力を
受けながら、地球から離れて行ったのです。
このシナリオを作り上げた教授。 オウムアムアの形の謎を、身近なものに
例えて説明してくれました。
“太陽への最接近を経験した後のオウムアムアは、使い古して小さくなった
この石鹸みたいなものなのです。オウムアムアも生まれた時は、この新品の
ような丸い形でした。でも窒素の氷が、どんどんガス化してしまって、こんな
薄っぺらい形になってしまったのです”
この研究は、彗星を専門とする天文学者にとっても、目を見張るものでした。
“初めて、その論文を読んで、窒素分子の氷かと、そう来たかという風には
思いましたよ。太陽系の中にも、冥王星のような表面に窒素の氷というのは
見つかってる天体があるわけですから、よその太陽系外の星惑星系にも
やはり、そういう天体があっても不思議じゃないですし、そしてそれが、また、
観測屋の立場からすれば観測しにくい分子ですので、なかなか光を可視光線
で出してくれませんし、そういった意味で見つからないっていうのも、あぁ、そう
かも知れないという事で、もう本当に1から10まで、それだったら確かに今まで
疑問だった事が、割と全て、すんなり行くなぁ…っていう風に思いました”
数々の謎を同時に解き明かしたオウムアムア、窒素の氷説。 このシナリオは
これまでの常識を覆す、新しい宇宙の姿を予言しているといいます。
“エイリアンの宇宙船じゃなくてガッカリかも知れません。でも私たちの発見は
とてもエキサイティングな事だと思います。オウムアムアは小惑星や彗星とは
違う、誰も予言すらしていなかった、全く新しいタイプの天体なのです。はるか
かなたの系外惑星の破片が、すぐ近くまでやって来ていたという信じられない
ような事が分かったのです”
ハワイの望遠鏡が偶然、捉えた、史上初の恒星間天体。 その正体をめぐる
研究が、新しい宇宙観への扉を開いてくれたのです。
2017年10月19日。 私たちの常識を塗り替える全く新しい天体が見つかった
事を、ご存知ですか?
‘宇宙には、こんな変なものがあるのか! まるでクジラみたい。 これは、
自然物じゃないね’ “宇宙で、こんな形のものは誰も見た事がありません”
その想像図が、こちら。 史上、初めて見つかった、その名も、恒星間天体。
太陽系の外から飛来し、再び、太陽系の外へと飛び去って行くという、特別な
軌道を持っています。
“自分が生きている間に、太陽系外の天体を人類が目の当たりにできるとは
思っていなかった”
“これまでの見積もりのどこかが、桁で間違っていたのかも知れない”
これまで、見つかる可能性が極めて低いとされて来た、この天体は、一体、
何ものなのか? 世界中の望遠鏡が追いかけました。
すると、浮かび上がって来たのは、研究者も思いもよらなかった、数々の謎。
そして、その謎を解き明かす事で、新たな可能性が見えて来ました。
“これは誰も想像すらしていなかった、全く新しい種類の天体だったのです”
宇宙の闇から、突如、現れた恒星間天体。 その素顔は、私たちの宇宙観を
大きく変えようとしています。
私たちが暮らす地球。 普段、宇宙とのつながりを意識する事は、ありません
よね。 でも、長い時間スケールで見ると…宇宙からの脅威に突然、さらされる
事があります。 恐竜絶滅を引き起こした小惑星の衝突が、有名です。
そして、こうした脅威は、今を生きる私たちにも…。 2013年2月15日。 ビル
ほどの大きさの小惑星がロシアに落下。 1000人を超す人が負傷しました。
あと少し大きければ、死者が出てもおかしくなかったといいます。 こうした
危険を事前に知るため、NASAは、望遠鏡を使った監視を続けて来ました。
この活動は、惑星防衛と呼ばれています。 惑星防衛で中心的な役割を担う
施設が、ハワイのマウイ島にあります。 パンスターズ望遠鏡。
ロシアへの隕石落下の翌年から、危険な小惑星を探索する専用の望遠鏡
として運用されています。 口径1.8メートル。 さほど大きくはありませんが、
広い視野が特徴です。
高解像度のカメラで、地球に近付く未知の天体を捉え、事前に警告を発する
事を目指しています。 空の広い範囲を毎晩、監視する、この望遠鏡が大きな
発見の舞台になりました。
2017年10月19日。 パンスターズの膨大なデータは、いつも通りハワイ大学の
天文学研究所へと送られ、分析が行われました。
惑星防衛を支えている、カナダ出身の天文学者です。 彼の朝の日課は、
夜の間に撮影された画像の確認です。
“これが、10月19日のデータです。地球に衝突する危険度が高い順に並べら
れています。 毎朝、これをチェックするのが、私の役割なのです”
背景の星に対して、猛スピードで移動している事から、この日、危険度が最も
高いと分類された天体が、こちら。 ブレて、線のように映っています。
“特に変わった点はありませんでした。 細長く伸びて映っていたので、近くを
通過する、普通の小惑星だろうと思いました”
一晩だけの観測では、地球との距離や軌道の向きなど、詳しい事は分かりま
せん。 そこで、1日前の画像にも、似た明るさの線が映っていないかを確認
したところ、同じ天体とみられる、かすかな線が見つかりました。
“前日の画像にも映っていたので、2晩のデータを使って軌道を計算しました。
しかし、いつも使っているプログラムが、うまく動きませんでした。 何かが、
おかしいと思いました”
プログラムが、うまく動かなかった事を不思議に思った彼は、すぐに仲間に
メールを送りました。ハワイの反対に位置するアフリカ沖の島々カナリア諸島。
そこにはヨーロッパ宇宙機関が運営する小惑星監視用の望遠鏡があります。
彼と同世代の天文学者の男性。 ハワイ大学の大学院を卒業後、イタリアに
戻り、惑星防衛に携わっています。 彼もまた、同じ天体を観測していました。
“10月19日の夜、私たちも、カナリア諸島の望遠鏡で観測を行っていました。
いつも通りの危険な小惑星の軌道を割り出すための観測です。 私は、いくつ
かの天体をターゲットとして選びましたが、そこにパンスターズが見つけた例の
天体も含まれていたのです”
ヨーロッパのチームも、また新天体を危険度が高いと考え追跡していたのです。
“事態が急変したのは翌日の事でした。パンスターズが撮影した2晩のデータが
友人のカナダ出身の天文学者から届いたのです。それを自分のデータと組み
合わせると、これは普通の小惑星ではないと分かりました。 太陽系の外から
飛び込んで来たとしか解釈できないほど、速度が速かったのです”
ハワイの望遠鏡による2晩のデータ。そして発見から13時間後のカナリア諸島
のデータ。合計3つのデータが、このかすかな天体の正体を教えてくれました。
カナダ出身の天文学者がメールを送ってから僅か5時間後に返信が来ました。
そこには、まだ誰も知らない大発見が、興奮を隠せない言葉で綴られていまし
た。 ‘この軌道は太陽系外から来た天体のものだ!’
“プログラムが動かなかったのは、想定外の軌道を持つ天体だったからかと
納得がいきました。と、同時に、自分が、史上初の天体を見つけていたのかと
身震いしました”
こうして、惑星防衛に携わる2人の若手天文学者は、僅か2日で、新天体が
太陽系の外から来た恒星間天体であると、確信していたのです。
こちらが、その軌道です。太陽系の北側から太陽に近付きつつ、大きく旋回。
地球近くを猛スピードで通過中に、パンスターズによって捉えられていました。
この世紀の大発見は、すぐに公式に認められ、世界へと発信されました。
新天体の名前は、C/2017 U1 。 軌道の形から彗星とされ、cometの頭文字
Cで始まっています。 そして報告は、こう締めくくられていました。
‘この天体は、史上初めての恒星間彗星であろう’
オウムアムア発見から3年半が経過した、2021年3月。新型コロナウイルスの
世界的な感染拡大のさなか、オウムアムアの正体に関する新しい説が発表
されました。 研究を行ったアリゾナ州立大学の2人の教授です。
地球のような惑星が、どのようにつくられたのかを理論的に研究しています。
“オウムアムアの発見から1年もすると説明できない謎が積み上がり、もはや
自然現象では説明できないという主張すら耳にしました。だったら自分たちで
エイリアンに頼らない説明を考えようと、思い立ちました”
まずは、オウムアムアに関する全ての論文を集め、読み込みました。 すると
オウムアムアの形に関する、新しい研究がある事に気付きました。
“もともとオウムアムアの奇妙な形が、大きな関心を集めましたよね。当初は、
明るさの時間変化から葉巻型だといわれていたのですが、その後パンケーキ
のような形でも明るさの変化を説明できるという研究が発表されていました。
パンケーキ型の方が、観測結果を、うまく説明できるのです”
自転軸が、ちょうどいい角度の時にだけ、明るさが大きく変化する葉巻型より
パンケーキ型の可能性が高いだろうと2人は考えました。 形に加えて2人が
疑いの目を向けたのが、オウムアムアのサイズでした。
もともとは長さ800メートルといわれましたが、これは天体の性質を示す、ある
値から導き出されたものでした。それは光の反射しやすさを表す値アルベドが
0.04というもの。 つまりオウムアムアは、太陽光の4%だけを反射すると考え
られたのです。
この0.04は、太陽系の似たような色を持つ小惑星の値を、便宜上、当てはめ
たものでした。 2人はオウムアムアのアルベドがもっと大きければ、サイズが
小さくてもよいと考えました。
そして一酸化炭素やメタンなど、さまざまな物質の氷の塊を、オウムアムアの
軌道に置き、何が起きるのかを計算してみる事にしました。
横軸は、光の反射しやすさを表すアルベドと、それに対応して決まる天体の
サイズです。一方、縦軸は、氷がガスになって噴出する事によるロケット効果
の強さ。 ちょうど1の所で、観測と合う事を意味しています。
計算によれば、水や二酸化炭素の氷では、アルベドを変えても、観測された
ロケット効果は説明できません。 一方、窒素や一酸化炭素、メタンなどの氷
では、観測と合う場合がある事が分かりました。
中でも、2人が注目したのが、望遠鏡で捉える事の難しい窒素の氷でした。
観測されたロケット効果を生み出す時のオウムアムアのアルベドは、0.1と、
0.64。 片方の値0.64に、2人は見覚えがありました。
2015年7月。 NASAの探査機ニューホライズンズは、史上初めて、冥王星に
大接近しました。 そして、白いハートの模様を持つ姿が、初めて明らかになり
ました。 この白い領域は、降り積もった窒素の雪が固められた、分厚い氷で
覆われていると考えられています。
そして、この冥王星のアルベドが、0.64だったのです。
“冥王星のアルベドの事など知らずに、私は計算を行いました。それなのに、
0.64の時に、観測されたロケット効果が得られるという結果が出たのです。
この偶然の一致は本当に驚くべき事です。こんな経験はなかなかありません
この時、自分が正しい道を歩いていると確信しましたね”
“あのブレークスルーの瞬間は、今でも、よく覚えています。パンデミックが
ひどくて直接、会う事はできず、ビデオ会議やメールだけで議論していた時の
事でした”
こうして2人は、オウムアムアが小さくて光を反射しやすい、窒素の氷の塊で
あると結論づけたのです。
窒素の氷の塊が、どのようにして生まれ、どうやって太陽系に、だとりついた
のか? 2人は、壮大なシナリオを作り上げました。
ここは、はるかかなたにある、誕生したばかりの惑星系。 そこには、窒素の
氷に覆われた冥王星に似た天体が、多数、存在していました。
頻繁に起きる天体衝突によって、表面の氷が剥がれ、飛び散っていました。
そうした破片の1つが、オウムアムアのルーツです。 破片の一部は巨大な
惑星の重力によって進路を変え、恒星間空間へと放出されます。
そして数億年にわたり、銀河系の中をさまよった末… 偶然、太陽に近付き、
引き寄せられて行ったのです。 太陽に近付くと表面が熱せられ、氷がガスと
なって噴き出します。
それでも、蒸発に伴って冷却が起きるため、氷自体は極めて低温に保たれる
といいます。 小さくなりつつも、やがて、地球軌道付近に到達。 ハワイの
望遠鏡によって、偶然、捉えられたのです。
そして多くの望遠鏡が見守る中、ガスを噴き出す事で、太陽重力に逆らう力を
受けながら、地球から離れて行ったのです。
このシナリオを作り上げた教授。 オウムアムアの形の謎を、身近なものに
例えて説明してくれました。
“太陽への最接近を経験した後のオウムアムアは、使い古して小さくなった
この石鹸みたいなものなのです。オウムアムアも生まれた時は、この新品の
ような丸い形でした。でも窒素の氷が、どんどんガス化してしまって、こんな
薄っぺらい形になってしまったのです”
この研究は、彗星を専門とする天文学者にとっても、目を見張るものでした。
“初めて、その論文を読んで、窒素分子の氷かと、そう来たかという風には
思いましたよ。太陽系の中にも、冥王星のような表面に窒素の氷というのは
見つかってる天体があるわけですから、よその太陽系外の星惑星系にも
やはり、そういう天体があっても不思議じゃないですし、そしてそれが、また、
観測屋の立場からすれば観測しにくい分子ですので、なかなか光を可視光線
で出してくれませんし、そういった意味で見つからないっていうのも、あぁ、そう
かも知れないという事で、もう本当に1から10まで、それだったら確かに今まで
疑問だった事が、割と全て、すんなり行くなぁ…っていう風に思いました”
数々の謎を同時に解き明かしたオウムアムア、窒素の氷説。 このシナリオは
これまでの常識を覆す、新しい宇宙の姿を予言しているといいます。
“エイリアンの宇宙船じゃなくてガッカリかも知れません。でも私たちの発見は
とてもエキサイティングな事だと思います。オウムアムアは小惑星や彗星とは
違う、誰も予言すらしていなかった、全く新しいタイプの天体なのです。はるか
かなたの系外惑星の破片が、すぐ近くまでやって来ていたという信じられない
ような事が分かったのです”
ハワイの望遠鏡が偶然、捉えた、史上初の恒星間天体。 その正体をめぐる
研究が、新しい宇宙観への扉を開いてくれたのです。
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