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太陽系の果てにある冥王星は、あまりに遠く、行くのがとても難しい天体
2021年10月22日 (金) | 編集 |
FC2 トラックバックテーマ:「子供のころに嵐、大雨、台風が来たときの気持ちは?」
私達が暮らす太陽系。 その謎に迫るため1960年代以降、数多くの探査機が
宇宙に送り出されて来ました。

探査に欠かせないのが、科学者や技術者の存在です。彼らの情熱が太陽系
の謎を、少しずつ解き明かして来たのです。

証言や記録映像をもとに、シリーズでお送りする、太陽系探査の舞台裏。

今回は、かつて太陽系9番目の惑星とされていた、冥王星。 太陽から遠く
離れているため、最近まで全く探査されていませんでした。

冥王星は、あまりに遠く、行くのが難しい天体です。太陽系に、未知の世界が
残されている事を教えてくれます。

その困難な旅に初めて挑んだのが、探査機ニューホライズンズ。 2006年、
太陽系の果てを目指して旅立ちました。 それまで、小さな光の点にしか見え
なかった冥王星の姿を、明らかにしたのです。

そこは、科学者の想像を超える世界でした。

驚きました! 地球から48億キロも離れた冥王星に火山や雪山、砂丘といった
見慣れた光景があったのです。 画像を見てビックリしました。

ああいう遠い天体は、46億年前、太陽系が生まれた時に凍りついて、何も
起きていないはずだと、先入観として思っていましたから…。

更に探査機は、冥王星の先へと向かいます。 目指したのは、不思議な形を
した天体、アロコス。

太陽系の初期の姿を紐解く、重要な手がかりが見つかったのです。

これは、惑星の成長過程を示しています。 太陽系の初期、惑星が形成されて
いた時代の様子を、そのまま残している。 化石のような天体。

太陽系の最果てを目指す大冒険を実現したのは、30年前、秘密結社と呼ば
れた、若き科学者たち。 未知の世界の扉を開いた、飽くなき挑戦に迫ります。

何かを探究したいという欲望は、人間の本能です。 それは進化の歴史からも
明らかです。 人には鋭い爪や並外れた力はありませんが、発明し、探究する
能力、そして好奇心があります。

だから人類は、あらゆる場所の行こうとするのです。 もちろん地球の外にも。

1970年代後半、科学者たちの好奇心は、太陽系のより遠い場所へ向けられ
ました。太陽系の外側の惑星を調べる、初の本格的なミッションが、ボイジャー
計画です。

ボイジャー2号は、木星と土星を探査した後、初めて、天王星・海王星に向かう
事になります。 1977年8月20日、ボイジャー2号を打ち上げ。

‘ボイジャー2号が、人類を太陽系の果てに進出させます’

ボイジャー計画は、とてつもない冒険でした。天王星・海王星を初めて探査し、
それぞれの衛星を含めた全体像を明らかにしたのです。

まるで、探査機に乗り込んで、間近に眺めているようでした。 映っていたのは
見た事もない世界ばかりだったのです。

打ち上げの9年後、ボイジャー2号は、天王星に近付きました。 探査機は、
周回軌道に入らず、側を通り過ぎながら観測を行いました。 僅かな時間でし
たが、驚くほどの発見があったのです。

ボイジャー2号は、天王星の鮮明な姿を、初めて捉えました。 最初の写真は
地味でした。 華やかさに欠けるとも、言われました。

冷たく凍りついた、巨大氷惑星である、天王星。 しかし探査の結果、その
周りには、意外な世界が広がっていました。

惑星本体を取り囲む、10本以上のリング。 新たに、10個もの衛星も見つかり
ました。 更にボイジャー2号は、海王星へと向かいます。 そして3年半後、
またしても、惑星の鮮明な姿を捉えました。

海王星も、冷たく薄暗い惑星ですが、天王星より注目に値します。青い大気や
厚い雲。 その上には、白い雲も見えます。 とても複雑です。 でも最も重要な
発見は、衛星トリトンの姿でしょう!

トリトンには、見た事もない光景が広がっていました。 表面は、まるで溶けた
ロウ(ロウソクが溶けた感じ)のようで、非常に活動的だったのです。

最も興味を引かれたのが穴から黒い煙が立ち上っている場所です。明らかに
何らかの地質活動が起きています。 限られた時間の観測でしたが、トリトン
には、太陽系でも数少ない火山活動が確認されたのです。

太陽系の外側で数々の発見をもたらした探査機ボイジャー。 その後、人工物
として初めて、星間空間に到達しました。果てしない旅は、今も続いています。

ボイジャーの探査の後、多くの科学者が悩みました。 これから、何をすれば
いいのか? 私はラッキーでした。 大学院生だったアラン・スターンが、次の
探査を提案してくれたからです。 冥王星に行くべきだと。

ボイジャーの探査が大成功を収めた後、アメリカで、シリーズ切手が発行され
ました。それぞれの惑星に最初に到達した探査機が、デザインされたのです。

でも冥王星は、まだ探査されていなかったので、こんな地味な切手になって
しまいました。 だから探査を実現させて、切手のデザインを変えてやろうと
思ったのです。

この仕事を続けていれば、いつか必ず、冥王星を探査するチャンスがあると
思っていました。 まさか、キャリアのほとんどを費やす事になるとは、夢にも
思いませんでした。人類の冥王星への挑戦が始まったのは、20世紀の前半。
アメリカのクライド・トンボー(1906-1997)の大発見がキッカケでした。

‘アメリカは、大恐慌に陥っている。 数百万人が失業し、救済を求めている’

トンボーは、すごい人です。 貧しい農場に生まれたトンボーは、幼い頃から
天文学に夢中になり、図書館に通って独学を続けました。

1928年、トンボーは、自動車の中古部品などを使い、望遠鏡を自作。 惑星を
観測します。 トンボーは天文学者を目指していましたが、どうすればいいのか
分かりませんでした。

ある日、トンボーは、自分をアピールするアイデアを思い付きます。

“私は知識欲が旺盛で、天空の世界に魅了されていました。 だから、火星と
木星のスケッチを描いたのです”

トンボーは、スケッチをローウェル天文台に送りました。 そして幸運にも、その
力量が認められたのです。 惑星を探す仕事を任されました。

当時、ローウェル天文台は、海王星の外側にある未知の惑星を見つけようと
観測を行っていました。

“何年も調査が続いていましたが、十分ではありませんでした。無数の天体の
動きを1つ1つ確認する、地道で大変な作業でした”

トンボーは、望遠鏡で撮影した写真を丹念に確認し、移動する天体を見つけよ
うとしたのです。 しかし、1年近く探しても、何も見つかりませんでした。

誰もが、そんな事をしても無駄だ。 何も見つからないと言いました。 でも彼は
諦めませんでした。 1930年2月18日。

6日の間隔を空けて撮影した2枚の写真を見比べていた時、トンボーは、移動
する天体がある事に気付きました。 そして、確信します。

海王星より遠くにある9番目の惑星を、発見したのだと!

それまで、望遠鏡で発見された惑星は、天王星と海王星です。
(天王星 … ウィリアム・ハーシェル/イギリス人が発見)
(海王星…ヨハン・ガレ/ドイツ人と、ユルバン・ルベリエ/フラン人が発見)
発見者は、どちらもヨーロッパの研究者でした。

トンボーの発見は、アメリカの青年が成し遂げた世紀の大発見だったのです。
当時、大恐慌に見舞われていたアメリカは、明るいニュースに沸き立ちます。

新たな惑星は、西洋の神話に登場する、冥界の王の名前から、プルートと
名付けられました。 ミッキーマウスの物語に登場する犬のキャラクター
プルートも、冥王星にちなんで命名されたのです。

私たちアメリカ人にとって、冥王星は特別な存在です。 もし、日本人が惑星を
見つけたなら、きっ同じ気持ちになると思います。

“私は人生に、とても満足しています。 あとは、若い人たちに任せます”

トンボーは亡くなる前に、こう言い残しました。 いつか冥王星に探査機を送る
時が来たら、自分の遺灰を、のせてほしいと…。

1989年。 若い科学者たちが、冥王星を目指し、活動を始めました。

‘やり甲斐のある刺激的なテーマは、私たちの周りに数多くあります。 しかし
今、最も優先すべきは、ボイジャーが出来なかった事への挑戦です!
ボイジャーは、冥王星には行っていません!’

中心となったのが、当時、大学院生だったアラン・スターン。 アランを中心に、
10人ほどのメンバーが集まり、秘密結社を結成したのです。

‘目的地に到達し、データを得るまでに14年もかかるミッションです。 しかも、
冥王星への接近は、僅か30分。 数枚の写真しか撮影できないでしょう。
ボイジャーのように、多くの観測機器を搭載し、たくさんのデータを得ることは
できません。 でも、衛星トリトンで撮影された、僅か9枚の写真を思い出して
下さい。 より多くを望むのではなく、僅かなデータでもインパクトの高い探査を
目指すべきなのです!’