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およそ2000年前にイタリア・ポンペイを襲ったベスビオ火山の大噴火
2021年07月01日 (木) | 編集 |
FC2トラックバックテーマ:「最近発見したことは?」
西暦79年。 イタリア・ポンペイ。 この町に暮らす人々に、未曽有の大災害が
迫っていました。 ベスビオ火山の大噴火です。

およそ2000年経った今、ポンペイはヨーロッパで最も重要な遺跡の1つとなり
毎年300万人以上が訪れています。ポンペイの発掘が始まったのは1748年。

以来、多くの建物や美術品が掘り出され、ローマ時代の生活を伝える遺構
として、世界に、その名を知られるようになりました。

しかし遺跡の保全には、莫大な費用がかかります。1950年代以降、大規模な
発掘調査は、行われませんでした。

2010年には、剣闘士の兵舎が倒壊し、遺跡の荒廃に注目が集まります。

発掘が進んでいない区域から、雨などの水が染み込み、遺跡全体に危険が
及んでいたのです。

EUとイタリア政府は、合わせて1億500万ユーロを拠出し、ポンペイを救う
プロジェクトを立ち上げました。 私は、ポンペイ考古学公園の事務局長で、
プロジェクトの責任者です。

遺跡の保全作業と同時に、ここ70年で、最も大規模な発掘調査を行います。

当時、人々は、どんな生活を営んでいたのか?  発見された壁の落書きは、
何を意味するのか?  火山礫の下には、死者が眠っているのか?

彼らは何者で、どんな人生を送り、どのように命を落としたのか?

ここに埋もれているのは、一夜にして滅亡した町。

私を興奮させ、魅了して来た、ポンペイの物語です。

遺跡を水の侵入から守るため、長い間、手付かずだった2000平方メートルの
区域を、発掘調査します。

まずは、現場を指揮する考古学者たちと、発掘計画を立てます。 彼は、発掘
チームのリーダー。 彼女たち2人は、それぞれの現場を監督します。

これまで大規模な発掘が行われて来なかった、この区域は、古代の町並み、
家や路地が土の下で、ひそやかに時を刻んでいます。

火山の噴火から逃げ遅れた住民たちも、眠っているはずです。 プロジェクトは
手に汗握る冒険になるでしょう。

2018年の春。 プロジェクトが開始されてから数カ月が過ぎ、地面を覆っていた
草や木は、キレイに取り除かれました。

勾配をつけた土手を2キロにわたって造成する事も、今回の目的の1つです。

これにより水はけが良くなり、遺跡の建造物にかかる土砂の圧力が軽減され
ます。 土手の造成中、最初の発見がありました。

住宅の一部が見つかったのです。 ララリウムと呼ばれる、小さな祭壇もあり
ました。 周りには、見事な絵が描かれています。   “素晴らしいね!”

祭壇は、左右対称になっています。 2体のラール神が描かれ、善なる精霊を
表すヘビ、神のご加護と豊穣をもたらす、卵と松ぼっくり。聖なる生き物である
クジャクもいます。 ここは、家庭の中の聖域でした。

儀式の痕跡も残っています。 何かを燃やした跡です。 きっと、噴火の直前に
ささげ物をしたのでしょう。 このように、噴火直前の人々の信仰についても、
痕跡が、そのまま残っています。 あちらの壁画は、狩猟シーンですね。

善が悪を倒す事を、象徴的に描いています。

2018年の初夏。 いよいよ発掘調査が本格化し、考古学者たちが動き出し
ます。 調査期間は、9カ月です。

今回の調査区域には、2つの重要な家屋があります。 1つは、庭のある家。

特徴的な円柱が目を引きます。 もう1つは、カラフルな漆喰の装飾のある
ユピテルの家です。 2つの家は、路地を挟んで向かい合っていて、路地は、
銀婚式の家の、広い庭に沿って延びています。

この家は、1892年に発掘された、ポンペイで最も壮麗な邸宅の1つです。

路地を掘り返してみると、驚くべき発見がありました。 全く損傷のない地層が
現れたのです。

火山性物質が層になっていて、24時間足らずの内に4~5メートルの高さまで
堆積したという事が分かりました。 山のような火山礫を取り除きます。

ベスビオ火山の噴火によって、降り注いだ軽石です。 火山学者の彼も、
ここまで広範囲に火山性物質が、堆積した地層を目にしたのは、初めてです。

今回の調査では、降り積もった火山性物質を、直に観察できます。

白く小さい、この軽石は、西暦79年8月24日の朝、ベスビオ火山から噴出した
ものです。 そして、こうして路上に積もったわけです。

噴火の際に軽石が、どのくらいの速さで降り積もったか?割り出したところ、
1時間当たり、およそ15センチでした。 つまり、4時間後には、60センチの
高さになっていたわけです。

毎時間、15センチ、30センチと積もって行ったのです。 想像してみて下さい。

今から、およそ2000年前、火口から立ち昇る噴煙は、32キロ上空まで達しま
した。 火山自体の25倍に相当する高さです。 火山性物質が山の南側に降り
注ぎ、3メートルもの厚さの火山礫の層が、町全体を覆いました。

その後、上空まで立ち昇った噴煙の柱が、一気に倒れ込んで来たのです。

ガスや火山灰、軽石などが混ざり合い、火砕流となって斜面を下りました。

そして、ポンペイの町になだれ込み、全てを、のみ込んだのです。

たくさんの人が、噴火によって引き起こされた、さまざまな災害に遭い、命を
落としました。 ポンペイは、火山噴火が市街地に及ぼす影響を研究する上で
世界で類を見ないほど、貴重な場所になりました。

突然の死に襲われた人々の、最期の姿を、かたどった、石こう像です。

1863年、調査を率いたジュゼッペ・フィオレッリは、遺体が朽ち果てたあと、
火山灰の中に残った空洞に、石こうを流し込む方法を考えつきました。

私たちも、このような石こう像を作る事は可能です。そのためには、火砕流が
固まった地層の中に、遺体があった場所が空洞として、完全な状態で残って
いる必要があります。 人骨発見の知らせが入りました。

今回の発掘調査で、初めての事です。 私は、メディアの取材を受けます。

‘数カ月前から行われている、ポンペイ第5地区の発掘調査で、大きな収穫が
ありました。 この遺骨は、2000年前、ポンペイが火山灰に埋まった時から、
ずっと同じ姿勢で、ここに横たわっていたのです’

“遺骨の周りからは、火砕流で流された、さまざまなものが掘り出されました。
木の枝や、壁の一部など、火砕流のすさまじさと、悲惨さが感じられます”

これが、発見された頭骨です。 人類学者の彼女は、今回の調査で初めて
発見された人骨の復元に取り組んでいます。

人骨は、路地があった場所から発見されました。 何者か? 知る手がかりは
見つかるのでしょうか?

“素晴らしい。 掘り出された時は、口が大きく開いていたが、キレイに直して
くれたんだね”  ‘解剖学的に、正しい位置に直しました’

“死因や、逃げ遅れた理由を解明するのは、とても重要な事なんだ。 この
人物について、何か分かった事は?”
‘今のところ、基本的な事だけです。 男性40歳~45歳。 身長172センチ’

発見された場所から見て、男性は、火山礫が積もった路地を逃げようとして
いた可能性があります。 近隣の住人だったのでしょうか?

遺骨の近くから、硬貨と革財布の残骸も、見つかりました。

“財布には、貨幣と銅貨が、少し入っていただけだった。 これは、当時の中流
家庭の月収の半分にも満たない額だ。 今だと、700ユーロくらいだろう”
‘その日の稼ぎか何かでしょう。 よく分かりません’

“この人骨が発掘された時、スネの内側の骨、脛骨に異常があると言ってい
たね?もしかしたらこの男性は、足を引きずったり、歩くのに不自由があったり
したのかも知れない。そのせいで逃げ遅れたという事もあるのではないか?”
‘ここに、病変の痕跡があります。 たくさん穴が開いているでしょう? 脛骨の
中央部分も変形しています’

もし、足に問題があったのなら、男性は、よろけながら、必死に逃げようとして
いたのかも知れません。 程なくして、新たな手がかりが見つかりました。

路地に沿って、バルコニーが複数あった事が分かったのです。1つは、人骨が
掘り出された場所の、すぐ隣でした。