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狩猟と農耕の営みは古代文化の豊かな生活象徴だった
2021年02月20日 (土) | 編集 |
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紀元前3000年ごろ、カラルの他にも、古代アンデス文明の拠点がつくられて
いた事が、最近、明らかになって来ました。 カラルから北に、550キロ。

海沿いの砂漠地帯にある、ベンタロンです。

2007年、ここでカラル遺跡と同時代に造られたと思われる、巨大遺跡が発見
されたのです。 遺跡の大きさは、およそ12ヘクタール。

全貌は明らかになっていませんが、複数の神殿と住居があると、見られて
います。

石を積んだカラルのピラミッドと違い、ベンタロン遺跡の建物は、主に粘土で
造られています。

河原に堆積した粘土に、強度を持たせるため草を練り込み、ブロックを作って
積み上げています。

ベンタロン遺跡の発掘をしている、考古学者です。

“ベンタロンはアンデス、そて恐らくアメリカ大陸で、最も古い文化の発祥地の
1つだったと思います”

“ベンタロンは、カラルと同じ時期に並行して発展しており、色々と共通点も
見られるのです”

ベンタロン遺跡が栄えたのは、カラルと同じ時期、紀元前3000年から紀元前
1800年ごろだと見られています。

建物はカラルと同じく、神々に祈りをささげるための聖なる神殿でした。

内部に、それを示すものが残されています。

赤と白の神殿と呼ばれる建物の奥に、段が作られています。

そして、その両側の壁に、色鮮やかな壁画が描かれているのが、発見され
ました。

“これは、仕切りの壁に絵が施されている、とても印象的な壁画です”

“彼は、今、壁画のデザインの汚れを取っています”

壁画は、岩を砕いた顔料で描かれたようです。

赤や黄色や、青みがかった灰色、そして、黒で描かれた網目模様。

その網目の中には、何やら動物がいるようです。

“網の中には、鹿とおぼしき動物が、描かれています”

“こちらでは(少し離れた場所では)、ハッキリと確認できます”

確かに、鹿が描かれています。 目・鼻・口と、2本の足、そして尻尾。

灰色の線は、毛並みを表しているようです。

“当時の人々にとって、鹿は、自然の豊かさを象徴する存在でした”

“体が大きくて、たくさん肉が得られますし、立派な角を持っています”

“鹿は、森の主として、あがめられていたのです”

鹿は、この辺りで最も大きな野生動物の1つです。

森の主である鹿の精霊に、狩りに協力して獲物をもたらしてくれる事への
祈りを込めて、この壁画を描いたのかも知れません。

壁画の右横には、炉が設けられていました。

神々への、ささげ物を燃やす場所です。

煙を天に届かせ、天の神々に祈りをささげた、この部屋は、神殿の中でも、
重要な場所だった事がうかがえます。

この場所は、祈る以外にも使われていたと、考古学者は言います。

“部族の指導者、あるいは、鹿狩りのリーダーといった人物が、ここに座って
いたのではないでしょうか?”

“このベンチに、こうやって、北側に向かって座り、人々を迎えたのでしょう”

部族のリーダーが座り、ささげ物を持ってやって来た、訪問者を迎えます。

そしてリーダーから、助言や教えを受けたりしたと、考えられています。

リーダーのもとに、人々が力を合わせ、狩りをしていた。

そんな共同体の姿が見えて来ます。

ここに人々が集まった時、両側にある壁画が、大きな役割を果たしたはずだと
考古学者は考えています。

“恐らく、網を使った鹿狩りは、儀式としても行われていた事でしょう”

“鹿を捕らえる事のできる網は、自分たちの社会の発展を示す重要な意味を
持った道具だったはずです。 網は、ベンタロンでとれる綿で、作られました”

“社会が発展し、進歩し続けるという事を印象づけるために、その網を両側の
壁画に描いたのです”

鹿の壁画の層の下に、更に古い時代の遺跡が眠っていました。

そこでも、狩猟に関係するものが、見つかりました。

よく見ると、魚が2匹、壁に浮き彫りにされています。

頭と尾が、逆になって、くっついています。

“これは、古代アンデス文明、そして、アメリカ大陸全体でも、最も古い彫刻の
1つです。 やはり、宗教的な意味を持っていたと思われます”

海の近くにある、ベンタロン。

そこに暮らす人々は、この魚の彫刻で、何を表そうとしたのでしょうか?

“恐らく、鹿の壁画と同様に、豊かな自然を表したかったのだと思います”

“文明が始まった頃は、自然の大きな恵みや、自然からの贈り物を描くのは、
重要な事だったのです。釣りや狩りは彼らにとって、とても大切な営みでした”

“儀式で使われるささげ物は、人間に与えられた、豊かな自然の恵みへの
感謝の気持ちを表すものだったのです”

人々は、力を合わせて魚をとり、鹿を追って暮らしていました。

彫刻や壁画は、そんな彼らの営みを、伝えています。

魚の彫刻以外にも、海とのつながりを示すものが、見つかっています。

大きな巻き貝の貝殻です。 穴が開けられていました。

貝殻は、自然や水の力を象徴するものでした。

“これは、音を出すための楽器です”

“貝で作られた笛としては、これまで見つかっている中で、最も古いものの
1つです。 同じような笛は、その後のインカ文明まで使われました”

“海からもたらされた儀礼用具として、とても重要なものです”

日本の山伏(やまぶし)が使うホラ貝にも似た、巻き貝の笛。

その伝統は、数千年後のインカの時代にまで受け継がれて行ったとも、考え
られています。

ベンタロンでは、狩猟だけでなく、既に、簡単な農耕も始まっていたと、されて
います。 それを示す儀礼用具が見つかっています。  “ここに来て下さい”

岩には、いくつもの穴が、人工的に開けられていました。

“空から降って来る雨水を受け止める儀式に、使われたものです”

“水がいっぱいになると、あふれた水が、谷の畑の方に流れ出すようになって
います”

この辺りは、1年を通じて、雨は僅かしか降りません。 貴重な恵みの水。

ベンタロンの人たちは、イモ類や綿などを育てていたと、考えられています。

発掘が始まったばかりのベンタロン遺跡では、新発見が相次いでいます。

2009年、当時の人々の世界観を、うかがわせるものが見つかりました。

壁画や炉のある神殿の横に、風変わりな部屋が造られていたのです。

非常に丁寧な造りで、泥が3メートルも積み上げられています。

部屋の壁の裏側には、青・赤・黄色などの彩色が施されています。

この部屋のデザインには、重要な意味が込められていました。

左右対称な、階段状に作られた壁。

この形はアンデスの十字架チャカーナと呼ばれ、アンデスのシャーマニズムの
宇宙観を表すとされています。

チャカーナの4つの方向は、太陽と月、水と大地を意味しました。

またそれらは春夏秋冬をも表し、農作をする際のカレンダーの役目を果たした
ともいわれています。

特にインカでは、生命のサイクル、死と再生のシンボルでした。

そのチャカーナが、数千年前の遺跡からも、見つかったのです。

“アンデスでは、チャカーナの形は、神々と交信するための、世界の中心を
表しています。 そして、祖先や過去の世界と交信する場でもありました”

“そのために、供え物が、ささげられました”

“この空間は神殿での儀式において、とても大切な場所だったと思われます”

“この部屋は、神殿の中枢部として、大変な労力をかけて造られたのです”

“ここで儀式をする事で、人々は神々と、つながる事ができました”

“彼らにとって、世界の中心軸とされた場所なのです”

チャカーナの太陽を指す、北の角。

そこで人々は、ささげ物を燃やし、神々に、お祈りしたのでしょう。

チャカーナの文様は、後の時代の文明の遺跡でも、見る事ができます。

例えば、世界遺産に登録されている、ボリビア高地のティワナク遺跡。

ティワナクは、紀元前200年ごろに始まり、1000年以上にわたって栄えた文化
です。 石に刻まれた、チャカーナの文様です。

アンデスの宇宙観を示す、聖なるシンボルとして、チャカーナは、大切に受け
継がれて行ったのです。

2009年にベンタロンから見つかったチャカーナは、これまで知られている中で
最も古いものです。 数千年前の人々が、ささげた祈り。

それは、狩猟と農耕で命をつなぐ彼らにとって、切実なものでした。

動物の精霊には、狩りに協力し、獲物となってくれる事を。

そして天の神には、雨を降らせ、豊かな作物の実りをもたらしてくれる事を
祈ったのです。