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ストーンヘンジは、なぜ歴史の表舞台から消え去る事になったのか?
2021年02月04日 (木) | 編集 |
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古代ブリトン人が、力を合わせてつくり上げた、ストーンヘンジ。

そこには、争いなく平和に生きるヒントがあるのだとか。

これまでは、競争や戦争をして、その結果として、どこかの集団が大きくなって
ああいう大きな建造物ができたという考え方が主流でした。

それが、最近、少し違って来たというのです。

情報交換をしながら、協力するというような…。

例えば、飢きんで食べ物が少なくなって、それを取り合うのではなくて、
飢きんに備えて、共同で食料を貯蔵しておこうという。

こういうのが、文明の発生につながったというような説も現れたりして、少し
考え方が違って来ているのだそうです。

ストーンヘンジを中心とする巨大な巡礼都市の建設で、最高潮に達した
巨石文明。

しかし、実はその後、文明は勢いを失い、ストーンヘンジは歴史の表舞台から
消え去る事になります。   ストーンヘンジの7不思議。

最後は、1つの文明が終わりを告げる、その瞬間を見つめます。

石を自在に操る技術を武器に、高度な文明を花開かせた、古代ブリトン人。

しかし、ストーンヘンジ建設から数百年のうちに、歴史の表舞台から、こつ然と
姿を消してしまいます。

昨年、歴史の空白を埋める、大きな発見がありました。

新たな説を提唱した、遺伝子考古学の専門家です。

手掛かりは、石器時代以降の人間の骨。

その遺伝子から、新事実が浮かび上がって来たのです。

“今から、およそ4000年前、イギリスに、古代ブリトン人とは全く異なる、新しい
集団が現れました”

“彼らは、先住民だった古代ブリトン人に急速に取って代わり、イギリスの
新たな支配者となったのです”

これが、新たな支配者となった人々の骨。 ビーカー人と呼ばれています。

名前の由来は… 愛用の土器が、ビーカーのような形をしていた事。

その遺伝子は、現在のイギリス人にも受け継がれていると、いわれています。

およそ4000年前、大陸から海を渡ってイギリスにやって来たとされるビーカー人。

先住民だった古代ブリトン人との間に、一体、何があったのか?

“とても興味深い事に、ビーカー人が古代ブリトン人と交わり、融合した形跡は
ほとんどありません”

遺伝子考古学の専門家が注目したのは、人口バランスの極端な変化です。

青が、古代ブリトン人。 赤が、ビーカー人の遺伝子の割合を示しています。

不思議な事に、ストーンヘンジ建設から僅か数百年の間に、急激に変化して
います。  なぜ、古代ブリトン人の遺伝子が、突然、消えたのか?

“可能性の1つは、ビーカー人が疫病を引き起こすウイルスを持ち込んだかも
知れないという事です”

“ビーカー人には、ウイルスをやっつける免疫があったものの、古代ブリトン人は
免疫を持っていなかったため一気に人口が減少し、文明の滅亡につながった
のです”

果たして、ビーカー人が未知の伝染病をもたらし、絶滅に追いやったのか?

研究者たちは、もう1つ、ビーカー人が急激に勢力を増した理由があると指摘
します。

それはビーカー人が、大陸からイギリスに持ち込んだ、金属の力でした。

彼らは、青銅や金を加工する、最先端の技術を持っていたのです。

こちらは、ビーカー人が作った銅製のナイフ。 そして、金製の髪飾り。

見事な出来栄えです!

ウィルツシャー博物館の館長は、言う。

“大陸から伝わってきた金属の文化は、それまでイギリスにあった石器文化
とは、全く異なっていました”

“金属の道具類は、今で言うところの月の石と同じくらい珍しく、貴重なもの
だった事でしょう”

ビーカー人が作り上げた最高傑作といわれるのが、この金製の胸当てです。

ビーカー人の集団を率いたリーダーが、身に付けていたものだといいます。

“これは、素晴らしい作品です!”

“見た目の豪華さは、もちろんですが、これほど大きく、薄い金の1枚板を作る
には、いくつもの工程がいります”

“ビーカー人は、高度な技術を持っていたのです”

金属を操るビーカー人の登場は、石こそ最高の素材と考え、互いに協力しな
がら、巨石文明を築き上げて来た古代ブリトン人の価値観を、根底から揺さぶる
ものでした。

ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの考古学者は、言う。

“ビーカー人の社会は、貴重な金属を持てる者と、持たざる者との間に格差を
設ける事で成り立っていました”

“それとは反対に、平等を旨とした古代ブリトン人は、そんな価値観の中で
生きる事は出来ませんでした”

金属を独占した者が、権力を握る、新たな社会。

その奔流にのみ込まれる事を、よしとしなかった古代ブリトン人は、歴史の
表舞台から姿を消して行ったのです。

古代ブリトン人が築いた、巨石文明は、どうなったのか?

ストーンヘンジの原点、オークニーです。

近年、最古のストーンサークルの側で、巨石文明の最後をしのばせる痕跡が
見つかりました。   ネス・オブ・ブロッガー と呼ばれる、神殿の遺跡です。

かつては、ここに石造りの立派な建物が、いくつも並んでいたと考えられてい
ます。

しかし、発掘調査で見つかったのは、ビーカー人によって破壊し尽くされた、
神殿の跡でした。

この場所の発掘調査を行っている考古学者は、言う。

“ビーカー人は、古代ブリトン人の痕跡を抹消するかのように、建物を取り壊し
大量のゴミを運んで、埋めてしまいました”

“自らの文化に誇りを持っていた古代ブリトン人は、きっと、ビーカー人の
価値観の押し付けに、抵抗したはずです”

“しかし、それが更なる恨みを買ったのでしょう”

“こうして、平等だった古代ブリトン人の社会は失われ、代わりにビーカー人に
よって貧富の格差が広がり、階級社会が台頭して行ったのです”

古代ブリトン人は、いやおうなく押し寄せた時代の波を、どう受け止めていた
のでしょうか?  その思いを物語る証拠は、ありません。

イギリスの巨石文明は、ここに終えんを迎えました。

新たに、金属文明が支配する土地となったイギリスには、その後、鉄を操る
ケルト人が襲来。

続いて、より階級化した都市国家を築いたローマ人などが、次々と流入。

富や領土を巡って、激しい争いが繰り返され、時代や地域ごとに、新たな国や
文化が、生まれては消えて行きました。

そんな時代の移り変わりを、静かに見つめ続けた、ストーンヘンジ。

いつしか、その由来を知る人も少なくなり、巨石たちは、荒野の中で忘れ去ら
れて行ったのです。